こころの案内人のブログ

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Ally(アライ)と名乗る前に~LGBTに関心があるストレートの方へ~

 「LGBT」という言葉がメディアで取り上げられていますが、それと関連して「Ally(アライ)」という言葉もよく見かけるようになりました。「私は Ally(アライ)です」とは、「私はLGBTのよき理解者です」という意味で使われています。それならば、Ally(アライ)が増えることはLGBT当事者にとって良いことなのですが、そこに落とし穴はないのでしょうか?考えてみたいと思います。
 

Ally(アライ)とは何なのか?

1.Ally(アライ)の意味

 

 Ally(アライ)とは「同盟」や「味方」を意味する英語が語源とされています。LGBT当事者ではないけれども、LGBT(セクシュアルマイノリティ)を理解し支援するという考えを持つ人、あるいはその立場を明確にしている人を指しています。LGBT当事者ではないため「ストレート・アライ」が正しい呼び方ですが、「アライ」と略して使われることが多いようです。

2.「Ally(アライ)」の基準は”さまざま”

 ネットで「アライ」を調べてみると分かりますが、「LGBTに理解のある人・支援する人」ということは共通しているものの、その「理解や支援」についての程度はさまざまです。とりあえず理解を示せばよいというかなりライトなものから、具体的な支援行動に触れているもの、さらにはLGBTの権利擁護運動への参加支援まで、非常に幅があります。中には、アライを「良い・悪い・普通」に分類して例示しているものもありました。(偽りのアライにならないよう啓発する意味だと思いますが・・・) 
 このように、同じ「アライ」という言葉でも使う人によって認識の差があるのが現状のようです。この現状が、「アライ」になることのハードルを低く抑えてくれる効果がある一方、言動に(よろしくない意味での)差を生じさせる一因になっていると筆者は考えています。
 

Ally(アライ)と名乗る前に

 これらのように、これから「アライ」になろうとしている方の考えや思いにも違いがあるのではないのでしょうか? 考えや思いが全く一緒である必要はないのですが、「これは知っておいてほしい」「このような考えは避けた方が良い」というものがあります。
 ここからは、そういったものを示していきます。ただし、今から示すものはLGBTの総意ではありません。あくまで筆者の考えであることをご承知置きいただきたいと思います。筆者なりにLGBTやアライに関心があるストレートの方々へのメッセージとして書きました。少々説教くさい内容ですが、お読みいただいて感想やご意見などいただけましたら嬉しいです。

1.気持ちも大切だが「知識」と「想像力」が大切 

 LGBT当事者に対し思いやりの心を持ったり、優しくしたりすれば「アライ」となり得るのかと言うと、必ずしもそうではないと筆者は考えています。思いやりや寄り添う気持ちはもちろん大切ですが、それにも増して大切なものは「知識」と「想像力」を持つことではないでしょうか。これは、対LGBTに限った事ではありません。日常で人と接する際にも言えることです。「良かれと思って」や「ありがた迷惑」という言葉が、そのことを物語っています。

 相手のことをよく知ろうとせずに自分の常識のみで行動して、相手を怒らせたり落胆させてしまったりしたという経験はありませんか?「知らない」ということは大変危険なことで、思いやりや優しさではカバーできないこともあるのです。また、知識を持っていても「想像力」を働かせないと同じような失敗をする可能性があります。自分の言動が、相手や周囲にどのような影響を及ぼすかということを考える(想像する)習慣をつけたいものです。(筆者も心がけたいところです・・・。)

 また、本人は「思いやり」と捉えていても、残念ながらそうではない場合もあるようです。それは「同情」です。「LGBTは差別されてかわいそう」「私は偏見がないので受け入れるよ」といった考えです。LGBTは決して”かわいそうな存在”ではありませんし、同情とは相手より立場が上と認識した場合に起こる気持ちです。「受け入れる」という表現も、少々違和感を覚えます。LGBT側が、そうではない人たちをわざわざ「受け入れる」とは言いませんよね。そもそも、そのようなことは考えもしないからです。それと同じことではないでしょうか。
 

2.知ったかぶりはしない

 

 筆者にも経験があるのですが、「私の知り合いにゲイがいてね・・・」「1回だけゲイバーに連れて行かれたことがあって・・・」と話しかけてくるストレートの方がいらっしゃいます。話の種として持ち出したことなら構いません。一方で、少々意地悪な言い方にはなりますが、その発言の裏に「私にはゲイの知り合いがいるから、ゲイのことは良く知っている」あるいは「だから、差別するわけはない」といった考えが見え隠れすることがあります。

 当事者と何か接点を見つけたいという気持ちは大変よくわかります。しかし、その接点を利用して安易に共感したり理解していると強調したりすることは、相手に良い印象を与えません。知らないのなら知らないで良いのです。今は知らなくても、これから学んで理解していきたいという気持ちで接することが必要ではないでしょうか。知ったかぶりは「知ろうとする努力」と「相手の信頼」の両方を失う可能性があるのです。 
 

何を知っておけばよいのか

1.多くを知ることに越したことはないけれど

 それでは、何を知っておけばよいのでしょうか。多くを知っていることに越したことは無いのですが、すべてを知ることはできません。曖昧な表現になりますが、「アライ」ならば「相手を傷つけることがない程度の知識」を持つことが必要だと思います。これもまた筆者の考えですが、いくつか具体的な項目を挙げておきます。

  • 性自認と性的志向の意味
  • LGBTとはどのような人を指しているのか、また「LGBT」と一括りにすることの問題点
  • LGBTという言葉でカテゴライズすることで、そこから漏れてしまうセクシュアリティのこと

 このほか、LGBTに関わるさまざな誤解や歴史についても知る必要はありますが、それらは少しずつ学んでいけば良いのではないかと思います。また、LGBTの人々が抱える問題や考え方もまた人それぞれだと言うことも認識していただきたいです。LGBTに限らず皆そうですよね。傾向はあるでしょうが、画一的なアプローチではうまくいかなかった経験があるのではないでしょうか。

2.「Ally(アライ)」と名乗ることは・・・

 
 

 そして、もうひとつ。実は「私はアライです」と宣言した瞬間、アライ側の人とLGBT側の人というカテゴリーに分けてしまっているということにも思いを巡らせていただきたいです。これを申し上げると「じゃあ、どうすればいいの?」ということになってしまいますが、お伝えしたいことは、「普通の人・普通じゃない人」「男・女」「アライ・LGBT当事者」というような二分法だけで物事を考えないでいただきたいと言うことです。
 「アライ」になろうと考えたきっかけがあるはずですよね?そのきっかけは人それぞれだと思いますが、「アライ」と名乗ろうが名乗るまいがその時の気持ちを大切にし、相手のことを知る努力を続けていただきたいのです。
 
 かく言う私も二分法の考えに陥ることがしばしばありますし、LGBTはおろか「G」のことすら知らないことがたくさんあります。そのことを自覚しつつ、自分のできることを見つけて実行していきたいと考えています。

井上伸郎

井上伸郎

カウンセリングルーム「こころの案内人」の代表。セクシュアリティに関わらず様々な方々の「悩みの解決」や「目標の達成」を、解決志向型カウンセリングによってお手伝いしています。

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